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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和29年(ネ)248号 判決

控訴人(原告) 斎田正雄 外一〇名

被控訴人(被告) 富山県知事

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら及び控訴代理人は、適式の呼出を受けながら、本件最初になすべき口頭弁論期日に出頭しなかつたので、当裁判所は、控訴人らから提出した控訴状に記載してある事項は同人らにおいて陳述したものとみなし、相手方たる被控訴人に弁論を命じた。

右控訴状によると、控訴人らは「原判決はこれを取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求めるというのであり、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

被控訴代理人が述べた当事者双方の事実上の陳述、書証の提出認否、証拠調の結果の援用は、被控訴人において、当審で次のように述べたほかは、すべて原判決の事実の部に記載してあるところと同一であるから、ここにこれを引用する。

すなわち、(一)地方自治法第二四三条の二第四項に基く裁判所に対する当該団体の長の違法又は不当支出禁止請求の訴を提起するには判決を求める違法又は不当の支出について、まず監査委員に対し、監査とこれに基く措置を請求し、その決定を経た後に始めて訴を提起することを得る旨が規定せられている。従つて、同条にいう「違法又は不当支出」とは、監査委員において監査をなし、これに基いて地方公共団体の長に対して措置を求める権限のある事項に限定されておると解すべきである。一面監査委員の権限は、同法第一九九条の定めるところであつて、同条によれば、その団体の経営にかかる事業の監査及び団体の出納その他の事務の執行を監査するものである。すなわち、監査委員の監査の対象たる事項は、団体の長以下の執行機関の行為の適否に限られているものであり、長以下の執行機関の執行行為が、議会の議決に基き、又は議会の議決に基き承認せられている限り、これを違法又は不当なりと非難し、結局議会の議決そのものを監査する結果を来すこと、すなわち、執行機関の行為を議会の議決に反して非難し、議会の議決自体を監査する結果となることは、監査委員の行為としてその権限に属しないものといわなければならない。けだし、監査委員の権限は議会の議決以上のものではなく、又監査委員の判断は議会の判断に優越するものではない。前記第二四三条の二の定める住民の請求についての監査についても、その理を異にするものではない。以上のように監査委員は、単に執行機関に対する監査機関たるに止まるのであつて、議会に対する抑圧制限をするの権能を有するものではない。従つて、議会の議決した予算を違法又は不当と批判することは監査委員の権限に属せず、監査委員は長以下の執行機関が議会の議決した予算を支出することを非難することはできないものである。(二)本件控訴人らの請求は、富山県議会が議決した道路費の予算の支出を違法又は不法なりと非難し、被控訴人富山県知事に対してこれが支出禁止を求めるものであるが、かような事項は法第二四三条の二の規定する監査の対象たる事項に属せず、従つて同条の二第四項に基いて裁判所に裁判を求めることができる違法又は不法な行為に該当しないものである。控訴人らの本訴請求は、この点において失当であるから、爾余の判断をまつまでもなく棄却せらるべきものである。

以上のとおり陳述した。

理由

地方自治法第二四三条の二第四項によつて、普通地方公共団体の住民が裁判所に出訴することができるいわゆる納税者訴訟の対象となる事項は、同条第一項に定める公金の支出若しくは使用に関する行為その他についての普通地方公共団体の職員の「違法又は権限を超える」行為に限られ、監査委員に対して行政的措置を請求する場合とは異つて、当該職員の「不当行為」に及ばないものであることは、同条第一項及び第四項の規定を比対してみて明らかなところである。そして、ここに公金の違法支出とは、法文上特別これを限定するところはないが、ひつ竟するに、原審が説示するように、これを普通地方公共団体の職員が、その管理する公金を、当該職員の職務に関する法令又は条例の規定若しくは当該団体の議会の議決に違反し、又は私利を図る目的でその任務に背いて支出するか、あるいは支出するおそれがあると認められる場合を指すものと解すべきであろう。したがつて、普通地方公共団体の長又はその他の職員が右法令ないし議決によつて定められた規準に従つて公金を支出するものである限り、当該団体の住民は、団体の職員の裁量的行為については、それが裁量権の濫用にわたるものでない限りは、その当否を争い、ひいては右裁量的行為に伴う公金の支出の制限禁止を求めることは、前記訴訟においては許されないものといわなければならない。

いま本件についてこれをみるに、控訴人らの主張するところを要約すると、富山県が施行せんとする県道福光城端線改築工事は、福光町荒木地内から同町高宮地内にいたる間約二粁にわたつて、国有鉄道城端線の鉄道線路に密着併行するものであつて、将来人命に関する交通事故の発生が必至であると予見せられる。元来道路新設の際における位置の決定は、道路が一般公衆の利用に供せられる施設であることに鑑みて、道路管理者の自由な裁量に一任されているものとはいえないのであつて、本件道路の位置決定については、他に適当な位置を選定し得る状況であるにもかかわらず、ことさらに、道路利用者の生命身体に危険を来たすおそれのある位置を選定するのは、道路管理者たる被控訴人富山県知事の権限を違法に行使するものに外ならない。したがつて、かかる違法な道路工事を施行する費用の支出もまた違法であるから、その支出の禁止を求めるというのであつて、結局富山県知事の裁量的行為の当否を争い、これに基く支出の禁止を求めるものであるが、成立に争いのない乙第一号証ないし同第一〇号証によると、前示道路改築工事の施行については富山県議会において、その富山県綜合開発計画に基く幹線産業道路としての重用性及び緊急性を認め、すでにその建設費用は同議会歳入歳出予算において計上議決せられ、又建設大臣より土地収用法第二〇条による事業の認定及び告示も行われており、控訴人ら少数の者を除いた地元民の大多数は、右工事の一日も早く完遂せられることを希望していることが認められ、その間富山県知事が右新設道路の位置選定につき、裁量権を濫用したものと認められる証拠はない。

そうだとすると、控訴人らの本訴請求は、本来いわゆる納税者訴訟の対象とならない地方団体の長の裁量的行為を非難することに帰し、すでにこの点において失当であつて棄却を免れない。

されば、原判決は正当であつて控訴人らの本件控訴はその理由がないので、これを棄却することとし、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石谷三郎 伊藤寅男 岩崎善四郎)

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